2008.07.27 Sunday
ディプノリンクスの海へ
『崖の上のポニョ』を観る。
若干ネタバレあります。念為。  ![]() にしても、この問題は一体どうなったんだろうね。 てのはさておいて。 いやあ、やっぱ宮崎駿は凄いね。 較べるのは可哀想だが、直前に観た『ゲド戦記』とはエモーションがケタ違い。『ゲド』は(ある程度意図的であるにせよ)常に画面が死んでいたもんなあ。そこいくと『ポニョ』は映画自体が生命力に満ち溢れている。 宮崎監督、67歳にして尚盛ん、というわけだ。 CGを排した手描き作画はもとより、近年のジブリ作品で気になって仕方なかったあの時代錯誤なギットリとした影も極力削られ、アナログ感満載の画面が目に心地いい。かと云って事前アナウンスにあったほど絵本寄りの画でもなかったしひと安心。近藤勝也、良い仕事しております。 余談だが昨今「キャラに影のないアニメ」が微妙に増えているように思うんだが、それを「玄人好みが過ぎる」という批判はまだ判らないでもないんだが、『時をかける少女』の作画を観てただ手抜きにしか感じないという感性はさすがにちと問題だと思うぞ。 まあそれはいいとして。 しかし本作、とにかく動く動く。リミテッドの制約を離れ、さながら東映動画やディズニーのようだ。実はジブリ近作の高水準ながら安定してしまった作画に感嘆を覚えなくなって久しかったんだが、驚くほど細やかな日常描写は過去作に輪をかけているし、イメージが止めどなく溢れ出したかのようなアヴァンギャルドな表現と古典的アクションであるカーチェイスが並行して描かれた、中盤のクライマックスはまさに圧巻と云うしかないだろう。ここ迄で充分元はとれる。 で、宮崎作品の多くがそうであるように、問題は後半部なんだが。 まず往年のファンなら『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』を思い出さないわけにはいかない、洪水の場面。 災害を災害とせず、むしろ楽しんでしまっているかのような描写は確かに『パンコパ』を彷彿とさせるわけだが、どうも今作ではやや寓話性が低い所為か、若干の悲壮感も漂っている。『パンコパ』ほど無邪気ではないのだ。災害を前にして当たり前だと云われそうだが、表面上は皆危機感もなく無邪気に振る舞っているに関わらず、だ。 宮崎作品において「水」とは往々にして「浄化」の意味合いがあるが、どうも『パンコパ』と較べて世界が輝いていないのだ。 また、本作における寓話としてのルールがよく判らず、一見人間の顔をした魚を躊躇なく受け入れる(もしくは登場人物には普通の魚に見えている)世界観かと思いきや、突然バアさんが「人面魚だ!」と騒ぎ立てたり、場面によっては異常にリアルだったりするわけで、こちらとしては混乱するんだな。この世界のリアル水準が把握できないから、洪水に飲まれた街にさほど動揺しない住人を観て、違和感を感じるべきなのか同調すべきなのか判断に困ってしまう。 あとやはり本作にも受け流すには難しい、引っ掛かる場面が幾つかある。 製作者はきっと「いちいち難しく考えるな。ただ観たまま感じればいい」と演出家の常套文句で煙に巻くんだろうが、いかにも意味ありげに描きながら「考えるな」と云われても、ただバランスの悪さだけが印象に残ってしまう(『裏設定』が存在することはリサ役の山口智子が明言している)。 ちなみに前作『ハウルの動く城』における「戦争」に関しては特に気に留めなかった。あれは「説明しない」ことに意味を見出せたし、「戦争」が存在するという事実が全てであって、その中身に関してはテーマや物語に直接関係がないと思えたし。その代わり登場人物達の行動原理はさっぱり判んなかったですが。 『ポニョ』にも「世界の危機」とでもいうべき大状況がやがて立ち上がるが、詳しくは描写されないばかりか、いつの間にやらあっさりと解決している。今の宮崎駿が「世界の危機」なんて安い設定を真面目に取り組むとも考え難いので、一種の方便のようなものかも知れないし、本来のターゲット層である5歳児(つまり主人公・宗介)に理解不能な状況はメイン舞台からあえて外したとも考えられるし、実際物語を追うよりアトラクションの連続に身を委ねるのが正しい観方なんだろうが、にしては含みのある演出が多過ぎて、安易な作劇法に則らないとするばかり、ここ数作は大事なカタルシスが抜け落ちてしまっているように思う。 つーかもう安易なカタルシスはつくりたくないんだろうな。 これは超人宮崎駿に我々の意識が追いつかない、ということなのだろうか。 そのことに、はたして本人は自覚的なんだろうか。 物語としてはポニョと宗介のささやかで淡白な過剰に古典的ハッピーエンドが用意されているわけで、前述の裏テーマ的なものや大状況を完全に無視すれば、単に小じんまりとした美談として簡単に纏められてしまう。『ハウル』の「戦争」と違って、少しは説明すべきなのではないかなあ。 そんなことが多々引っ掛かるもんだから、そのラストにしたってちっともハッピーエンドに見えないんだよね。なんかある種の諦観が渦巻いているようにすら見える。 一部囁かれている「登場人物全員死亡説」に加担する気は毛頭ないけれど、仄かに「死の匂い」だけは感じ取れなくもない(ここ数作は皆そうか)。 宮崎監督による本作の覚え書きに「昔のアニメだったら敵として切り捨てていたかもしれない相手もすべて許容する」てのがあるそうだが、「すべて許容する」なんて「すべて否定する」のとなにか違いがあるんだろうか。5歳の幼児に未来を託すような締めくくりだけど、本気でそんなこと信じているんだろうか。 とまあ、そんなこんなで後半はあまり素直に観れない。 狙い通り、子供なら瑣末なことを気にせずのめり込めるのかなあ。 劇場の空気によってノリは変わるだろうが、少なくとも私が観た劇場内の子供達がそうであるようには余り見えなかった。当の宮崎監督も、試写で作品を見た子供たちの反応が全く無く、『子供たちのために作ろうとしたのに空振りだったのか』と落ち込んだらしいが、やはり子供とはいえ、いや子供だからこそ、諦観に満ちた未来を敏感に感じ取ったのかも知れない。 さて、しかしだ。 ここまで書いといてなんだが、実はこの作品、駄作と云われれば確かにそんなような気もするし、傑作と云われればそんな気もしてくるという奇妙な観後感ではあるのだ。 5歳児の感覚で観ろったって今更不可能だけど、先に書いた印象を念頭に置けば違った文脈で価値が生まれそうな予感もあるし、観れば観るほど感想が激変するタイプの映画かも。 とにかく一度観ただけでは折り合いがつかないな。 あと、余韻もへったくれもなく怒濤のように過ぎ去るEDがなんとも凄い。 例の歌も凄いが、ここでも本編とはまた違ったイメージの洪水を垣間見れるでしょう。是非劇場で確認を。 最後に。 『紅の豚』以降の定石として、本作もまた女性賛歌が色濃いが、これだけ毎回、無闇矢鱈に神聖化された母性なるものを見せつけられて、女の人は息苦しくなんないのかな。 |




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