ムーンライダーズ『ムーンライダーズの夜』(1995)
01.PRELUDE TO HIJACKER
02.帰還〜ただいま〜
03.HAPPY/BLUE'95 (Album Ver.)
04.Instant Shangri-La
05.まぼろしの街角
06.永遠のEntrance
07.渋谷狩猟日記
08.ただ ぼくがいる
09.最後の木の実
10.夜のButique
11.黒いシェパード
12.Damn! MOONRIDERS
13.冷えたビールがないなんて(INFRARED RYA MIX)
前作より3年の月日が流れた。
1995年。この年、「return to the moon計画」なる名のもと、『BYG High School Basement 1』『Le Cafe de la Plage』と、「回想モード」と銘打たれた2枚のカバー&セルフカバー集が立て続けに発表される。
しかし数多のライダーズレビューのように、この2枚をライダーズのオリジナルフルアルバムと同列に捉えるのはいささか無理がある。
乱暴に云ってしまえば、あくまで年末に控えたフルアルバム「夜」への前哨戦的企画物ミニアルバムに過ぎないのだから、両作とも完成度にやや難があるのは致仕方ない処。
と云ってもファンならスルーしてよい筈はなく、勿論珠玉の名曲も収められている。
特筆すべきはカバーを通して「ライダーズが回想をした」という点。
中でも『BYG』においてはメンバーが10代・20代の頃に思い入れた曲が中心となっており、その再現過程においてメンバー同士にもかつての関係性が若干再構築されたとのこと。
元来感情をストレートに顕すことを嫌う、シャイでシニカルなメンバーが多いライダーズであるが、加えて年齢を重ね年相応に譲り合ってきた意見や思想のぶつけ合いがここに来て再び始まった、と。まるで高校生のように。
演奏面でのダメ出しなどで場の空気は緊迫し、一時はスタッフがスタジオ出入禁止になるほどだったという。
やがて導きだされた結論は、鈴木慶一曰く「我々は始めからまるで違う人間だったことに気が付いた」という「バンド共同体幻想の崩壊」であった。
初期〜ニューウェーブ時代に顕著だった、イデオロギーとしての共同体が一丸となって作品を昇華させる手法はここにきて限界を迎えたということだろうか。
そして個々の違いを認識することにより、逆説的にバンドは延命する。
「方向性の違い」とはバンド解散時の常套句だが、その「違い」さえ許容してしまえばバンドが解散する原因は極めて少ない。
勿論捉えようによっては「解散の時期を逸した」とも云えるわけで、共同体幻想のないアルバムは方向性が散漫な印象になるケースも多く、良くも悪くも「老い」ゆえの現実をまざまざと見せつけたライダーズに対して、「あの時、解散していれば」と嘆くファンもいるかも知れない。
とにかくライダーズはこの時、「伝説になること」を拒否したのだ。
ミニアルバムやシングルのリリースラッシュに浮かれていた私がそれらのことに気付くのはまだ少し先のことだったが。
「ムーンライダーズの夜」、発売。
この頃にはようやく過去の音源をほぼ手中に収め、私にとって満を持してのアルバムだったことを憶えている。ファンとの交友も若干ではあるが始まっており、なにかと疎い私にも「武川さんがハイジャックされたらしい」などの情報が届くようになっていた。
そんな武川のハイジャック事件に材を得たM01・M02。
なるほど、コンセプト好きの鈴木慶一にはピッタリの題材だ。
なんせ物理的にはライダーズ歴代最大のピンチだったわけで、これを作品化しない手はないでしょう。
ちなみに武川はメンバー間で唯一「プレイヤー」として存在しており、どちらかと云えば「作家」として存在している他メンバーと多少立位置が異なる。
作家性の軋轢が生じがち(この頃は特に)なメンバー達にとって、ニュートラルな存在としてあった武川が拠りどころであったことは想像に難くない。
この武川生涯の危機は精神的に離れつつあったメンバーの結束を固めさせるキッカケになっただろう。
M03以降は共同体幻想の崩壊が広げた溝を埋めるかのように、精神面の乖離を肉体的に繋ぎとめるかのように、生演奏が全面に押し出されている。
このことはファンにとって(勿論メンバーにとってもだろうが)ちょっとした事件だった。ライダーズにテクノ的要素を求める傾向のファンはきっと多いことだろうと思う。
私もかつてのライダーズ楽曲を、テクノロジーによるイリュージョンのように聴いていたし、機械的な無機質ビートにより快感を覚える世代(で括れるもんでもないだろうが)でもある。
実際M03がバージョン違いのシングルとして先行発売された際、戸惑いを隠せなかった。
しかし不思議なことに本アルバムに収録された同曲には最早違和感はなかった。
まあ既に何度もシングルを聴いていたのだから当たり前っちゃ当たり前だが、アルバムバージョンで大幅に拡大された間奏部分も印象を改善する大きな要因になったようだ。
そして、
僕の考える億万時間は 君の感じてる一瞬
違いがあるよ僕等
気にすることはないよ
これが 愛
という鈴木慶一による詞のくだりも感動的だった。
そしてM04。
云うまでもなくこの年サリン事件を起こしたオウム真理教にまつわる歌だ。
鈴木慶一は云う。
「オウムのことを歌にしたのは私が一番早かったと自負しております」
一方同じ頃、石野卓球は云う。
「今の時期、オウムなどの社会問題をテーマにした歌をつくるのが真摯なミュージシャンってことなんだろうけど、オレらはそういうことに一切興味ない(意訳)」
更に小西康陽も云う。
「音楽なんて日々のエアーシャルダンに過ぎない(超訳)」
この違いに如何なる意味があるのか。
確かに当時の先鋭的ミュージシャンで、オウムを歌にした者は私の知る限りいない。
少なくともこの頃、若いミュージシャンの間で「社会問題を歌にすることはダサい」という風潮があった筈だ。
1988年の発売時あれほど絶賛されたRCサクセション『カバーズ 』も場合によっては駄作扱いされていた。
それが良いか悪いかは置いといて、若い彼等と世代が近い私は、楽曲自体の賛否はともかく鈴木慶一の先の発言に同調しづらかったのは事実だ。
この点は今現在でも感想が変わることはない。
ただメッセージ、ひいては本音を隠してひたすら意味の無意味化を追求するスタンスは、時代の閉塞性に絶え切れずこの後ほどなく破綻していくのだが。
あと個人的にはやはりオウム事件について当時考えることも多く、また80年代的呪縛に捕われた多くの文化人がオウムを擁護していた背景で、ライダーズがその位置には既に居ないことに安堵を憶えたものだ。
そんな事情は置いといても、単に音楽として非常に好きな曲ではありますが。
で、M05。回想モードの完結編。
70年前後の風景。青年期の終わり。その頃大学の同サークル仲間であった岡田、武川、白井の詞に補作詞のような形で鈴木慶一が参加している。
曲は岡田。時代背景に関しては世代的に実感することはできないが、知識だけで知っている、見たことはない懐かしい風景、という感じ。
そういや鈴木慶一は自分が作詞した「ギターの弦はB、E、Aしか鳴らない 切れたコード」(つまり“BEAT”にはならない、と)の一節を自画自賛するも、あまり反応がないことをよく嘆いておられた(笑)
それはともかく、なんといってもこの曲は素晴らしい。ライダーズ名義では『週末の恋人』(1977)以来?となる意図的かつ物理的に声を潰した岡田のリードVo.に始まり、間奏の印象的な女性スキャット、そして不意に現れるユニゾンコーラスに鳥肌。
M06はかしぶち作のインスト。
曲はアルバム中の清涼剤のようで素晴らしいんだが、岡田のポエトリーリーディングは正直蛇足だった気もする。スキャットは妖しくて良いが。
一転してM07は白井作のヘヴィで攻撃的なナンバー。
まあ前後曲とのギャップが凄いこと。ここで彼は『Le Cafe de la Plage』で初披露したラガマフィンを再びフィーチャーしている。
鈴木慶一の激しい歌唱も忘れ難く(特に二度目の『喰っちゃいたいだろうね』部分)、とにかく痛快なナンバー。
ちなみに最初タイトルを見た時は、「とうとう渋谷系に喧嘩売る気か!」と意気込んだもんですが、よく考えたら当時渋谷は既にコギャルと援交の街だったのでした。「コギャル 孫ギャル ひ孫ギャル、街の湿地の両生類/宇田川町のどん詰まりのあぜ道 おやじの肩を揉んでいる」というフレーズが痛快。
にしても詞を担当した鈴木博文、ホント渋谷が嫌いなんだろうね。
失礼ながら、続くM08(博文)、M09(武川)は、70分強あるこの長いアルバムのインターバルと捉えております。
特にM08のような、もう自分しか見てないような鈴木博文の作風はどうも好きになれないが、M07の熱を一度冷まして、クライマックスへと橋渡しする役割として機能しているので、それも良しかと。
ただ今後この作風があんなに続くとは思わなかったんだよなあ。
ということで、ここからはクライマックス。
M10は慶一大作シリーズ第一弾。
ラップだか語りだか判らない恐ろしい導入から、次々と転調、というより全く別の曲が現れては姿を消す。
曲として昇華し切れていない実験作のようでありながら、それすらも確信犯であるかのような鬼気迫る迫力に満ちている。
詞ははっきり云ってなんのことだかよく判りませんが、それだけは確実に伝わって来るという。
「ブティック」はなんの暗喩なんだろうな。あと、この辺りから詞に「〜のような」という云い廻しが頻発しますな。
続く岡田作M11と合わせて、鈴木慶一の詞には死の匂いが立ち込めている。
この2曲、間違いなく本アルバムの核だろう。
後に実弟から「大仰・文学性が過ぎる」と批判されたりもするわけで、確かに段々曲のつくりが頭でっかちになってきた印象は否めないが、少なくともこの時点の私にとっては魅力的な世界観でありました。
特にM11の印象的な旋律と件の詞が絡んだ化学反応は筆舌に尽くし難く、ただ暗いだの重いだので切り捨てるのは思考停止というものだ。
さて、一見その暗鬱さを吹き飛ばすかのように軽快なM12だが、内実そう生易しいものでもない。
例えば、本アルバムに散見されたディープな文学性はかつてのライダーズになかったものだ。
バンド共同体幻想も終わり、メンバーも、サウンドも変化した。
変化自体は活動初期からライダーズの特徴であり宿命でもあったのだが、時代に呼応した最先端の音楽を実践する、なんて無邪気な変化としてだけでなく、ここに来てバンド存続という茨の道を選んだが故、自らの苦渋を伴って決断された変化だったように思えてならない。
それは前述の通り「伝説になること」を拒否したライダーズが獲得せざるを得なかった業のようなもので、この曲は業を背負って活動を続ける決意の意思表明と解釈している。
シニカルではあるが、煙に巻いているわけではない。
ここにあるのは「覚悟」そのものであるのだ。まあそう難しく考えずとも、単にノリの良い快作として聴けばいいんじゃないかとも思いますが。
ボーナストラックであるM13は明らかに蛇足。
曲単体では嫌いじゃないが、アルバム全体の印象を著しく混乱させている感は否めない。
シングルミックスより出来がいいとも思えないし。
地方局(名古屋だっけ)の有線チャートでなにかの拍子に上位ランクインしたのが収録を強行した(させられた?)原因かも知れない。あくまでアルバムとは切り離して聴きましょう。
とまあ長々書いてきたわけだが、やはり本アルバム、ライダーズディスコグラフィー5本の指に入る傑作という思いが拭えない。
何故不当に評価が低い、というよりあまり触れられもしないのか理解に苦しむ。
音楽スタイルが変化するのは茶飯事だったとはいえ、バンドとしてのスタンスまで変化した最初のアルバムだったからかなあ。
だけどこんな完成度の高いアルバムもそうざらにはなく、確かに重いアルバムではあるが、あの激動の1995年を、80年代のように気分を茶化すことなく、状況から逃げ出さず時代と向き合い、リアルを真摯に追求した功績は賞賛して然るべきだと思うのだ。
実際90年代に、本アルバムをきっかけとしてライダーズファンになった人物を、私は2人知っている(2人かよ!)。
とにかくこのアルバムを受け入れるかそうでないかで、今後のライダーズとの関わり方は大きく違ってくるんじゃないかな。
あと個人的に本アルバムを愛してやまないのは、曲のバランス、更に云えば鈴木慶一歌唱楽曲の配置バランスに拠る。
メンバー全員がヴォーカリストであることはライダーズの特徴であり興味深い部分なのだが、やはり自分にとってのメインヴォーカリストはあくまで鈴木慶一である。
そのことを押し付けない奥ゆかしさが美徳ではあるが、それでもやはり、締めるところは締めて欲しいわけですよ。
本アルバムはインストのプロローグに始まり、コンセプト的に外せないメンバー・武川のVo.で幕を開け、次に満を持して鈴木慶一登場、2曲ほど唄ったあと暫く他メンバーが続き、慶一Vo.が恋しくなった頃不意にサビでシャウトをかまし、また他メンバーにリードを渡したのち、クライマックスに再登場という流れで、配置・配分が絶妙なのだ。
楽曲的にもアップ・ミドル・スローテンポ、名曲・良曲・佳曲・インターバル(笑)と、曲順まで含めたアルバム内バランスがほぼ完璧であるように思う。
隙のないガチガチのコンセプトによる息苦しさも最早快感。
改めてライダーズに一生ついていこうと心に誓う、当時の私でありました。
よもやその完成度がここで終わろうとは露知らず。